歴史

エーケルンド最後のクナーラ(行商販売員)だったハートヴィグは、毎年スウェーデン国王グスタフ五世が避暑を過ごされるセールと言う町にある王室夏の居城に伺いました。


450年、と言う16世代に渡り受け継がれてきたエーケルンド社は、文献が残る同族経営としては世界で最も古い織物会社と言われています。

エーケルンド家の歴史を巡るために、教会の記録や過去の法廷記録などの古い文献をたどると明らかになります。1860年以降の一族の記録は帳簿や書簡、クロスの柄見本やパターン帳などを通して完全な形で残っています。

それは法廷から始まりました・・・当社の創業者はインゲマル・ラーション(1660~1740年)と言います。彼の存在がうかがえる一番古い文献は、その当時の地方裁判所の法廷記録です。そこにはインゲマルが”資本主義者”で、違法な織物商法をした疑いで告訴されたと書かれています。

インゲマル初めての子供であった娘マータは1692年に生れました。その頃のインゲマルは既に織物業界での成功者として知られていましたが、実際には娘のマータとその兄弟が現在の当社の基盤を作り上げました。実に1700年代から1800年代のスウェーデンとノルウェーでの織物販売を大部分は、この一族で取り仕切っていました。その生産は織り手の家でそれぞれおこなわれ、主に衣類やベッドリネンに織る際の原材料であるリネン(亜麻)やウール(羊毛)繊維は、地域で生産されたものを使用していました。当時のテキスタイル商は”フォールレガレ”と呼ばれ、時には二千人の織り手を雇う事もありました。

会社形態として活動が始められたのは1692年からですので既に創業325年以上の歴史と言うことになります。
その歴史のみならずスウェーデン王室との繋がりも強く長年に渡り王室の御用を賜って参りました。

1859年当時は、徐々に工業生産での最初のシステムが開発されたころですが、当社の前社長クリステル・エーケルンドの曽祖父であるエス・エー・エーケルンドが初のテーブルクロス用のジャガード織り工場を始めました。
この織機は家庭での織機としては高さが高すぎたため、この織機のために新しい建物を立て直さなければなりませんでした。

当時の販売は行商販売の形を取っていました。この販売方式は非常によく組織化されていて、税収のためにスウェーデン政府によって統制されていました。スウェーデン織物一大産地の町、ボロースでこの販売方法ができた理由は地方行政での税収が必要だったからです。

また当時、隣国ノルウェーのリネン市場のシェアは、エーケルンドがその大部分を占めていました。1861年の文献には「当時ノルウェーの遥か遠い山岳地方の谷あいの村では、スウェーデン国王カール十二世やカール十三世の名前よりエーケルンド家の名前の方がよく知られていた」と記されています。

スウェーデンの織物産業が盛んだった頃は、産業従事者人口は約15万人いましたが、現在は 10分の1の1万5千人ほどにまで減少しています。その中でエーケルンド社は伝統だけに頼ることなく常に新しい視点で織布技術開発や一貫した自社工場による製品製造にこだわって現在に至っています。

たった50名ほどの従業員にもかかわらず約1300アイテムの製品を常に供給でき、自社工場からヨーロッパ全土はもとより日本やアメリカにある小売店(約2000店)へ製品を直送する体制は北欧人ならではの合理的な考え方から実現されている事と言えるでしょう。


エーケルンド家4世代



スウェーデン王室の王室のリネン製品

エーケルンド家は、百年以上もスウェーデン王室御用達としてリネン製品を納めています。
1878年に最初の品を納めたという記録が残っています。1877年に当時まだ皇太子だったグスタフ五世が弊社工場をご訪問されたことがきっかけとなりました。グスタフ五世として王位継承されてからも弊社製品を気に入ってくださり、
それ以来ご子息のグスタフ六世アドルフ王そして現在のカール十六世グスタフ王の御用も承っています。



そして天皇家にも

世界で唯一の天皇家である日本の天皇皇后両陛下が、2000年および2007年にスウェーデンへご訪問された際、
エーケルンドのテーブルクロスをお求めになられました。


 

ロルフ・エーケルンド(家系研究家)の調査に基づく